北秋田市観光協会【あに】

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help リーダーに追加 RSS 阿仁マタギ

<<   作成日時 : 2008/03/08 14:52   >>

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北秋田市阿仁は「マタギの里」として全国的にチョット有名です。

阿仁マタギは、熊やその他の小動物を獲物をし、広範囲に旅をしながら猟をする旅マタギでした。山に入るにあたり、厳しいしきたりがあり、話す言葉もマタギにしか分からないマタギ言葉を使っていました。根子マタギとか打当マタギなど、集落名を冠につけて呼ぶのが決まりだそうです。集落ごとの競争もあったのでしょうね。
今は、マタギを本業としている者はいなくなり、猟に行く人たちの服装やしきたりも薄れ、猟友会の色が濃くなっています。

銃の進化により、誰でも山に入れば猟ができるようになったこと、町から若い者が出て行き後継者が減ってしまったこと、厳しいしきたりに若者がついてこれない、危険で荒っぽいマタギよりも役所勤めの方が安全確実だという考えが多くなったことなど、様々な要因が重なり、今の現状につながっているのだそうです。

阿仁マタギを特に有名にしたのは、熊の「春の巻き狩り」でしょう。数人の組で山に入り、冬眠から目覚めたばかりの熊を狙います。追い手の「セコ」に追われてきた熊を、撃ち手「ブッパ」が狙い撃ちにします。ギリギリの距離まで熊を引き付けてから撃つのが阿仁マタギの技術のみせどころ。仕留めた熊を解体する際に、山神に感謝の呪文を唱えるのは長であるシカリの役目。解体した熊は、年齢やウデなど全く関係なく、全員で平等に分けられるのだそうです。
通常、数人で行う熊狩りですが、中には独りを好む「独りマタギ」もいたようですが、その際は犬を伴うことがほとんどであったようです。そのようなマタギは大抵、素晴らしいマタギ犬を持っていたということですね。そういえば、以前書いた記事「ひとりぽっちの戦争」の高堰喜代志氏も完璧なマタギ犬を飼っていたそうですよ。残念ながら、高堰氏が逮捕されると同時に、処分されてしまったそうですが。
獲物としては、カモシカが天然記念物になる前には当然カモシカも獲っていたし、かつてはサルもおり、ウサギもたくさんいたそうです。戦争中には毛皮の需要が伸び、ムササビなどの毛皮が飛ぶように高値で売れたそうです。熊は特に、血やクマノイも高く取引されていました。当時のマタギは非常に儲かる商売であったようです。


ウサギ狩りにはワラダを使用します。
ウサギを発見したら、ワラで作った鍋敷き(?)のような「ワラダ」をひゅーっと投げます。このワラダの飛ぶ音が、ウサギの天敵トンビなどの羽音と似ているのだそうですよ。敵が来たかとウサギが身を縮め、金縛りのように動かなくなったところをバキュン!時には鉄砲を使わず、手で掴むこともあるそうです。
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